2013.2.6 _ 2013.2.17
iTohenにて第238回目となる今展では、関東を拠点に活動を続けるセイリ―育緒(せいりー・いくお)氏をご紹介致します。弊廊では初めての発表となります。
昨年の秋が始まる頃でしょうか。突然、1冊の写真集が送られてきました。著者はセイリー育緒とあります。『酔いどれ吟遊詩人』と題したもので、“帯”には、「よくスナップしてる。」と森山大道さんのタイトで、しかもスピード感のあるコメントが添えられていました。
全編がモノクロームで、一見すると骨太な印象ですが、何度も見返していると、様々な風景が見えてきます。路上生活者なのでしょうか、そのような“なり”をした人たちや、かつらを取り扱った店など、セイリーさん独自の視点で切り取られたものが並んでいますが、それは観光者が持つ好奇心丸だしといったものでもありません。
少し引いている・・と言うか、どれもが賑やかなはずが、セイリーさんの作品は、音が全く聞こえてこない、そのような印象を受けました。
ジョン・ケージの“4分33秒”は、あまりにも有名ですが、無音と言うのは厳密には存在しないものと、意味としては理解しつつも、不思議とその無音に、あえて耳を澄ましてみたくなる気持ちが芽生えたのです。実際の作品を拝見したいと言う衝動が展覧会まで発展した理由ですが、そうなると、セイリー育緒さんそのものにも興味を覚えてしまいます。
京都で生まれた作家は、それこそ“京都的”価値観の中で育ったと言います。両親の事情で、岡山のとある場所に移動しますが、隣がストリップ小屋に向かいが少々込み入った内容のバーだったそうで、思春期を迎えた女性には複雑にならざるを得ない生活環境だったようです。感受性と言う名のセンサーを「無いもの」にすれば、何ら問題がなかったとも言えるでしょうが、それはセイリーさんが選択するような代物ではなかったようです。
自立出来るような年齢を迎えたセイリーさんは単身で上京し生活を始めます。街そのものがまるで生き物のような都会で、生活を続けるも底知れない退屈さを味わったと言います。視点を変えると、作家にとってその“生き物”の存在は、窮屈他ならない要因だったのかも知れません。その得体の知れない生き物から逃れるように横浜から中国行きの船に乗り込み、行き先を定めない放浪生活が始まります。
30歳を機に、そのあてども無い旅に終止符を打ち、クラシックカメラの修理士として弟子入りと言う経験を経ます。結婚後にアメリカに移住。そこでも、その仕事に従事し現在に至ります。写真を撮り同時に修理し、という一連の作業を通す中で、セイリーさんにとっての写真は、“=フィルム”“=印画紙(バライタ紙)”にしかあり得ないものだと確信しました。
作品のクオリティーもさることながら、こういった粛々とした姿勢で制作に取りかかる作家の姿勢に、この写真集を刊行した『窓社』は同調したのかも知れません。
昨今、本の売れ行きが落ち込む中、自費出版ではなく、こうして出版社からの手厚いフォローがあり、作品集を出せた事は、ある意味奇跡に近い事かも知れません。しかし実際にそれは本になり、第三者の誰かの手に取られページをめくられる機会を得た事は、同じくそのような希望を持った多くの作家に一縷の望みを植え付けたことになるのではないでしょうか。
セイリーさんはそうやって誰かの希望になれたことで、ようやく自らを信じれるようになったと語って下さいました。 「世の中という謎」や、「人が生きるという意味」を、セイリーさんは、少しづつ解き明かせているのではないか・・と写真という媒介を通じて実感しているようです。
今展は、この大阪では初の発表となります。約40点を展示予定しております。この機会に是非、ご来場くださいませ。
iTohen 鯵坂 兼充
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Ikuo Salley セイリ―育緒
1968年 京都生まれ。
静岡県伊豆の国市在住。
クラシック・カメラの修理職人でもある。
[受賞歴]
2007年『甘い地獄』で土門拳文化賞受賞
[個 展]
2007年 個展『甘い地獄』(Domon Ken Museum of Photography,Yamagata)(Nikon Salon, Tokyo)
2012年 個展『Whiskey Drinking Troubadour』(In Style Photography Center, Tokyo)
[グループ展]
『Flower Power』(Blitz Gallery,Tokyo)(Gallery Orchard, Nagoya)
[写真集]
2012年『Whiskey Drinking Troubadour/酔いどれ吟遊詩人』(窓社刊)